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真田ナオキの高校中学は?波乱万丈の学生時代からの演歌歌手!

sanada naoki school
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真田ナオキの高校中学は?波乱万丈の学生時代からの演歌歌手!

2020年レコード大賞で最優秀新人賞を獲得した塩顔イケメン演歌歌手の真田ナオキ(さなだ なおき)さん。

真田ナオキさんの演歌歌手になるまでの人生は演歌の歌詞の世界のように波乱万丈なんです!

今回は、『真田ナオキの高校中学は?波乱万丈の学生時代からの演歌歌手!』についてお伝えしますね!

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真田ナオキの高校中学は?波乱万丈の学生時代からの演歌歌手!

真田ナオキさんは、埼玉県さいたま市出身の誕生日が1989年12月22日で31歳(2021年11月現在)で、家族は、演歌歌手の父と姉がいます。

2015年にのちの師匠となる吉幾三さんを前にして歌う千載一遇のチャンスをつかみ、2016年4月「れい子」(作詞・作曲:吉幾三)でデビューします。

2020年第62回日本レコード大賞 最優秀新人賞を受賞して話題になりましたね。

そんな真田ナオキさんは波乱万丈の人生を送っています。

真田ナオキの高校は?

 

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真田ナオキさんは高校には進学していないようです。

中学卒業後すぐに働き始めて、家にお金を入れていました。

というのも、17歳の頃にご両親が離婚していて、最初は母親と一緒にいたようで、当時の手取り収入14万円の大半を母親に渡していたといいます。

電気や水道も止められ、真冬に冷水でシャワーを浴び、トイレは公園の公衆トイレを使っていたそうです。

さらに、食べ物は炊かれていない生米という過酷な生活だったようで、17歳の時、とうとう見かねた祖母が真田ナオキさんを引き取ったといいます。

その後、恐らく高校卒業するくらいの年齢になって、広島で一人暮らしをしながら建設現場で働き始め、約2年ほど広島で働いた後、実家の水道屋を手伝っていました。

中学卒業後は色々な現場で様々な経験しており、普通の高校生とは違う生活を送っていたんですね。

真田ナオキの中学小学校は?

 

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真田ナオキさんの中学校、小学校時代は、中学卒業後の生活とは一変して、野球に明け暮れた少年時代でした。

通っていた小学校、中学校の具体的な情報はありませんが、埼玉県さいたま市内の公立の小学校、中学校に通っていたと思われます。

真田ナオキさんが小学校1年の頃に、家族の知り合いが少年野球団の監督をやっていて誘われたことがきっかけで野球を始めました。

小4までは野球にいっても砂遊びばかりしていましたが、小5のときに、同級生のエースと仲良くなり真面目に練習するようになりました。

ポジションはセンターで、小5で真面目に練習するようになって、年間最優秀選手賞をもらったり、色々な選抜に選ばれるようになり、日本選抜にも選ばれ親善試合に出ていました。

この当時は、プロ野球選手になることしか考えていないほど野球一直線でした。

ですが、日本代表に選ばれた直後に靭帯を傷めてしまって、中学時代は遠投もなかなかできないくらいになって、だましだましやっていたそうです。

真田ナオキさんは、中学校で野球はやめてしまいましたが、野球で栄光や色々な挫折経験をして「なんとかなるさ」精神が培われたようです。

僕は人生で一番最初に挫折を味わえたことですね。優勝や選抜などの栄光を味わせてもらったのも野球、それを失って挫折したのも野球で。僕の場合それがすごく早い時期だったので、そこからいろんな経験、景色が見られた。今考えるとよかったなと思います。何かつらいことがあってもその時と比べて全然つらくないと考えられる。「なんとかなるさ」精神が培われましたね(笑)    出典:https://www.oricon.co.jp/confidence/special/53800/2/

この経験があったので、20歳を超えてから演歌歌手を目指しても挫折せずにデビューができたのでしょうね。

真田ナオキが演歌歌手になるまで

 

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真田ナオキさんが、建設現場などで働いていた19歳頃には、何度も父親の演歌歌手の桂竜士さんから歌手の道を強く勧められていましたが、頑なに拒んでいたようです。

ところが、22歳の2011年3月11日の東日本大震災の時に、人生180度変わることに。

東日本大震災の後に、いろいろな歌手の方が被災地で炊き出しに行ったり歌で元気づけていて、たまたまテレビでデビュー前の臼澤みさきさんの歌声を聴いて、歌の力を実感して、涙が止まらなくなるほど心を動かされ歌手への道を決断。

なぜか「僕は(歌の)プロになるんだ」という根拠のない自信があったと語っています。

その後、民謡を習い始めますが、先生に「君は歌の才能がない」とはっきり言われてしまいます。

特徴なく細い声、音程もとれない――真田ナオキさんは、悩んだ末「声に《色》をつけよう」と思い、喉をつぶし始めます。

ひたすら海辺で叫び、唐辛子を食べ、日本酒でうがいをし……。歌の先生に怒られても続けました。

そんな中、2015年、偶然にも今の師匠である吉幾三さんの前で歌う機会に恵まれ、「お前、面白い声してんなあ。弟子になれ!」と弟子になることに!

真田ナオキさんの人生は本当に波乱万丈でドラマのようで、そんな人生を送っていることを前提に歌を聴くと違って聴こえそうですね。

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まとめ

 

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真田ナオキさんの高校中学時代の波乱万丈人生についてご紹介してきました。

  • 真田ナオキさん高校へ進学せずに建設現場で働いて家にお金を入れる
  • 真田ナオキさんの小学校中学校時代は、プロ野球選手へ一直線
  • 真田ナオキさん中学のときに靭帯痛めて野球やめる
  • 東日本大震災後の多くの歌手による被災地訪問に心を動かされ歌手への道を決断
  • 2015年吉幾三さんの弟子になる
  • 2016年4月「れい子」(作詞・作曲:吉幾三)でデビュー

2020年レコード大賞で最優秀新人賞を獲得して人気上昇中の真田ナオキさん。

更に色々な歌を歌って欲しいです、今後の活躍を期待しています!

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